第1回受賞作品
『ジャパン・ディグニティ』
第一回暮らしの小説大賞選考会を終えて*最終選考会後の談話より
谷 あきら
AKIRA TANI
普段、小説を読む機会がほとんどない僕が選考委員だなんて……、と思いながらお引き受けしましたが、候補作を読みながら、仕事に追われている人たちこそ、小説を読むべきだと思いました。描かれている細かいことがきっかけになって、自分でも忘れていた記憶があれもこれも思い出されてくるのは、すごく新鮮でした。立ち止まって振り返ることって大事ですね。
びっくりしたのは、どの作品でも、出てくる女性がみんな冷静で強かったこと。男は……ダメだなぁ……。
幅 允孝
YOSHITAKA HABA
「暮らしの小説大賞」って、ありそうでなかった賞だと思います。例えば「食べ物を表現したい!」というモチベーションに対して、表現手段として小説が選択肢に入ってくることは少なかったと思うのですが、この賞はその導線の役割を果たしてくれるのではと感じています。皆さんが嬉々として書いていらっしゃるのがすごく印象的でした。
「暮らし」というつかみ所のないテーマに対して、それぞれの視点、深度で作られた、読み応えのある物語ばかりでした。今回は、そんな中でも骨太なものが受賞を果たしたように思います。ベクトル次第では他の作品が受賞することになっていたと思いますよ。
髙森美由紀
MIYUKI TAKAMORI
1980年生。派遣社員。青森県在住。第15回ちゅうでん児童文学賞大賞受賞。著作に『いっしょにアんべ!』(第15回ちゅうでん児童文学賞大賞受賞作/フレーベル館・刊)がある。
著者コメント
このたびは、すばらしい賞を授けてくださいまして誠にありがとうございます。
大変嬉しく、また身に余る光栄に恐縮しております。
私は、冬が終わると、食事中だろうが洗濯物を干していようが時かまわず漂ってくる肥料の香り芳しい町で暮らしています。今では鶏・豚・牛、いずれの落し物であるか嗅ぎ分けられるようになりました。これは「特技」と履歴書に書いてもいいんじゃないだろうかとすら思っております。
ほとんど町内から出たことがなく、生活圏内は半径2キロほど。時々、犬を散歩させている飼い主からりんごをもらったり、水溜りの中の虹を渡るアメンボを観察してみたり、野良猫と台所で出くわしたりする日々です。
一日が終わって布団に潜ると、「今日も大した努力もせず、ど根性などとも無縁で、なんだかんだと言いながらもやりすごせた。ああよかった」とふうっと大きく息を吐いて、「明日もこんな感じでいければいいな」と目を閉じるのが習慣になっています。
毎日こんな調子で生活してきて、気がつけばうっかり三十も半ばです。
書くチャンスを与えてくださり、この小説をすくい上げて下さった審査員の先生方、関係者の皆様、産業編集センター様に心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
22歳の美也子は津軽塗り職人の父と、デイトレーダーをしているオネエの弟との3人暮らし。母は、貧乏暮らしと父の身勝手さに愛想を尽かして出て行った。
美也子はスーパーのレジ係の傍ら、家業である津軽塗りを手伝っていたが、元来の内向的な性格と極度の人見知りに加え、クレーマーに苛まれてとうとうスーパーを辞める。しばらくの間、充実した無職ライフを謳歌していたが、やがて、津軽塗りの世界に本格的に入ることを決めた。
50回ほども塗りと研ぎを繰り返す津軽塗り。一人でこつこつと行う手仕事は美也子の性に合っていて、その毎日に張りを与え始める。
父のもとで下積みをしながら、美也子は少しずつ腕を上げていき、弟の勧めで、オランダで開催される工芸品展に打って出ることに。
伝統工芸を通じて、生き方を学び、未来を切り開いていく女性の、真面目でコミカルで、どこか力の抜けた日々を描く、北国ものづくり小説。
第一回暮らしの小説大賞の最終応募作品数は329。男女比はほぼ半々で、10〜80代まで幅広い年代の方々にエントリーいただきました。どの作品も「暮らし」と「小説」を意欲的に結びつけた、読み応えのあるものばかりでした。
最終先選考に残った5作品の執筆者は20〜50代のいずれも女性で、生き生きと楽しみながら書いていらっしゃる雰囲気に満ちていたことが印象的でした。
そんな中、第一回目の受賞作は伝統工芸を通して22歳の主人公が成長していく姿を描いた、髙森美由紀さんの『ジャパン・ディグニティ』に決定いたしました。現在、出版に向けて鋭意改稿中です。
今後も"「暮らし」をテーマにした小説"という条件での募集を続けてまいります。どうぞ皆さん、ふるってご応募ください!
暮らしの小説大賞 第1回受賞作品
『ジャパン・ディグニティ』
2014年10月17日発売!
飯島 奈美
NAMI IIJIMA
"個性的な賞、身近なテーマ"で良いですね。作品はどれも読みやすくて楽しめました。
最終選考に残った5作は、人との関わり方とか、距離感について考えさせられるものばかりで、そういうものを発信したいと思っている人が多いことを感じました。この賞や受賞作をきっかけに、暮らしが少しでも豊かになるといいなぁと思います。
それにしても、皆さん、仕事をしながらの執筆ですよね。すごい……。