和田真希
MAKI WADA
1984年静岡県富士宮市生まれ。多摩美術大学美術学部卒業後、ヨガインストラクターを経て、2011年より神奈川県西丹沢の限界集落に移住。農的生活のなかで、子育て、絵の制作、執筆を行う。
ごく普通の核家族で育ったものの、予期せぬうちに家族から孤立した絵梨は、高校卒業をきっかけに小田原の家を出る。東京での自由な生活は数年続いたが、社会人になってしばらくした頃、食事が喉を通らなくなっていった。徐々にあらわれてきた、人から認めてほしいという強い欲求は、絵梨を精神的にも肉体的にも追いつめていく。仕事、家族とのこと、友達付き合い……自分を取り巻くすべてのことに絶望した。東京での生活に疲れきった絵梨は、小田原に戻ることに。家庭菜園に興味を持ち、手順も分からぬままに種をまき、慣れない鍬を握った。
あるとき、地元新聞の記事に目が止まった。丹沢地方の山奥を開墾し、農耕や養鶏などを「楽しいから」という理由で行なっている若者の記事だった。農業の手ほどきを受けることを期待し、絵梨は若者を訪れる。そしてその日から、山奥での農的暮らしが始まった。
人間はおどろくほど不完全だ、だから暮らしは助け合える。
育てる、作る、眠る、繕う、食べる、笑う。全身で暮らすことは、全心で生きることだったと気が付いていく。
小林栗奈
KURINA KOBAYASHI
1971年生まれ。東京都多摩地方在住。表の顔は地味で真面目な会社員だが、本性は風来坊。欲しいものは体力。2015年、第25回ゆきのまち幻想文学賞長編賞受賞。
著者コメント
このたびは第3回暮らしの小説大賞「出版社特別賞」を、ありがとうございます。おまけのような、間隙を縫うような、ちょっと不思議な賞ですね。最初にお話を伺った時は、全力で喜んでいいのか迷う気持ちがありました。「また」1番になれなかったな、と。根がナマケモノなので「できる範囲で頑張ろう」をモットーにフワフワ生きている私ですが、書くことだけは一味違います(自分では良くわからないけれど、書いている時や小説の話をしている時は、目が煌いていると言われることが)。
努力ではないのです。損得や駆け引きは考えず、心を尽くす……ちょっと恋に似ています。そんな風に心を捧げた「書くこと」でも、私の定位置はいつも2番以下でした。上手い人は沢山いる、力が足りないから仕方ない。そう言い聞かせながらも、ずっと自分に何が足りないのか考えてきました。薄々、足りないのは「愛」じゃないかと気づいているのですが、それはまた別の話として。
今回も大賞はいただけなかったわけですが、編集部の方とお話をするうちに、1番になれなかったという気持ちは消えていきました。もっと上手くなりたい、もっと沢山の人に私の物語を届けたい。今はただチャンスをいただけたことに感謝で一杯です。書くことを職業にしたいかと問われれば、それは求める人生ではないのです。ただ、いつまでも物語とともに歩みたいと願っています。そういう意味でも「暮らしの小説大賞」で賞をいただいたことに、不思議な縁を感じます。衣食住が保証されれば、物語がなくても人は生きていけます。けれど物語があれば、人生はもっと豊かになるのです。<暮らし>と<小説>をつなぐ存在になるという賞のコンセプトを、改めて心に刻みます。
利き蜜師の卵、12歳のまゆが暮らす平和な村に、不穏なものが忍び寄っていた。奇病トコネムリ、そして獰猛な銀色の蜂。師匠の仙道は、かつて封じた魔物が目覚める気配を感じていた。二人は仙道の旧友カスミから利き蜜の依頼を受けた。尽きることがない不思議な蜂蜜の壷があると言うのだ。
カスミとまゆは銀蜂に襲われる。まゆの力によって時空を越えた先は、カスミの過去世だった。そこはまた仙道の過去でもあった。二人はかつて、同じ学び舎で過ごした。銀蜂と呼ばれる魔物と闘い、仙道は不死の、カスミは孤独の呪いを受けたのだ。
仙道は、蜜の世界からカスミとまゆと救い出すために、長く封印していた技を使い世界の扉を開けようとする。まゆは、尽きぬ蜂蜜がカスミの祖母が残した枯れない愛の証だと気づく。それは呪いを打ち破る力となった。
銀蜂は去り、世界にはつかの間の平和が戻った。まゆもまた、利き蜜師になる為に一歩を踏み出すのだった。
去る2016年4月5日、第3回「暮らしの小説大賞」最終選考会が行われ、慎重な選考の末、大賞を和田真希さん「遁」が受賞しました。また、今回は出版社特別賞を設け、小林栗奈さん「利き蜜師」が受賞することとなりました。
大賞受賞作品「遁」について
神奈川県の丹沢を舞台に農業を営む若い夫婦の姿(主人公「絵梨」)を丁寧に描いた「遁」は、自然の厳しさと魅力が生き生きと綴られた力作です。生活に多忙な登場人物たちの姿が、大変新鮮な作品でした。
選考会では、“極端に重く暗く描かれた絵梨の過去”と“家族に囲まれながら幸せに過ごす今”の「対比構造」について、多くの時間を割いて話し合われました。「つらい過去を乗り越えて、今は自然の中で農業をしながら正しく幸せに暮らしている」という設定が、少々安易に思え現実味に欠けるのでは、という違和感が残ったためです。しかしながら、暮らしに正面から向き合おうとする作者の姿勢と意欲が、ダイレクトに伝わってくるところを高く評価され、この度の受賞作となりました。
悩んだり落ち込んだりすることがあっても、日々の暮らしは続いていく。体を動かさなければ、今日が暮らせない。頭でっかちになりがちな現代にあって、「遁」が気づかせてくれることはたくさんあります。
出版社特別賞「利き蜜師」について
今回は大賞とは別に出版社特別賞を設けました。受賞作「利き蜜師」は、国家最高位を与えられた“利き蜜師”を中心に展開されていく、壮大で重層的な異界ファンタジーです。
設定のうまさ、筆力の確かさは群を抜いていて、冒頭から一気に物語世界に引き込む力を持った秀作です。
「利き蜜師」は、「暮らしの小説大賞」大賞受賞作品とすることは難しかったものの、落選させるにはあまりに惜しい作品でしたので、出版社特別賞受賞となりました。作品は単行本化し、年内に刊行する予定です。
“自分の書いた作品をどこに出したら良いのかわからない” “自分の書いている作品のジャンルやテーマはこの賞に合わないのでは”と思っている方、お気軽に「暮らしの小説大賞」にご応募ください。一同、楽しみにお待ちしております!
*出版社特別賞:ジャンル、テーマに関わらず才能の感じられる作品に対して株式会社産業編集センターから贈られる賞です。
2016年9月30日、東京丸の内のマルノウチリーディングスタイルにて、第3回暮らしの小説大賞の授賞式が行われました。トロフィー・副賞のプレゼンターは第2回受賞者の丸山浮草さんにつとめていただきました。今回は昨年を上回る多くの方々にご来場いただき、盛会のうちに終えることができました。
暮らしの小説大賞 第3回受賞作品
受賞時タイトル『遁』
『野分けのあとに』
好評発売中!
暮らしの小説大賞 第3回受賞作品
受賞時タイトル『効き蜜師』
『利き蜜師物語 銀蜂の目覚め』
好評発売中!
著者コメント
暮らしと小説には、面白いつながりがあります。
書けば書くほど、秋の紅葉が目のなかに映え、脱穀したばかりのお米は美味しく、薪割りをする斧を持つ手は強く、いたずらを企てるこどもの目がきょろきょろと動くのが愛らしく感じられるようになりました。全力で書くことは、全力で暮らすことと、同じだったのです。
このたびは、「暮らしの小説大賞」を授けてくださり真にありがとうございます。私のような農家のおばちゃんには身に余る栄誉と感じ、喜び半分、畏れ半分です。
私は“神奈川県最後の秘境”と謳われる丹沢の、限界集落に住んでいます。集落の標高は450メートルほどで、市街地から自宅へ通じる山道は、大風が吹けば岩が落ちてきて、大雨が降れば崩落します。その山奥で、畑の土と、土間の煤と、野山の雑草の匂いにまみれながら執筆しました。
一月に一次審査を通過したことを知ったときはたいへん驚き、つい気が大きくなって山道に転がっている岩の上を車で乗り越えてしまい、タイヤがパンクすること二回。あやうくスズキのアルトが廃車になってしまうところでした。
選考過程ですでにこれほど動揺していた私でしたが、受賞の一報をいただいたときの気持ちは不思議なほどに引き締まっていて、「暮らしの小説大賞をいただいたのだから、今後もますます“暮らし”を深め、同時に自分の書き方も確立していこう」という思いに駆られました。暮らすことを忘れて執筆をしたら、面白いものが書けない。執筆をせずに暮らしてばかりいたら、感じたことが日常のなかに埋没していってしまう。小説と暮らしを結び合わせていく作業は、私が生きる限りに続くのだと自覚しました。
こんな気付きをもたらしてくれる文学賞は他にないと思います。
作品を評価してくださった選考委員の先生方、産業編集センターの皆さま、関係者の皆さま、本当にありがとうございました。
これまで私のような人間を見守って下さった全ての皆様に感謝を込めて。