第8回受賞作品

『焼けた釘』

くわがきあゆ

受賞者

くわがきあゆ

くわがきあゆ

AYU KUWAGAKI

1987年生まれ、京都府出身。京都府立大学卒。

受賞コメント

 小学生の頃から作家になりたいと願っていて、今回、賞をいただけることになった。
 私には確率の低い事象にあたる、という傾向がある気がしている。
 受かりそうになかった大学の入試では、直前まで繰り返し解いていた古文の問題がそのまま出て、合格した。
 海外旅行にいけば、ロストバゲージに遭ったり、台風の影響で帰国便が消滅したりする。それも帰国便の消滅は関空、成田と二年連続でだ。最初は家族も同情してくれたが、二度めの時は「またかいな」と言われた。
 今回の受賞もそのような類のものだと思う。私個人の努力でどうにかなるレベルを超えている。
 たまたま使えるアイデアを思いつき、それがたまたまうまく筆に乗り―といった調子で、幸運な偶然が次々と重なった結果だろう。
 だから、これからもこの謎の低確率を武器に、愉快に精進していきたいと思う。軽いノリで恐縮だが、せっかく夢の職業のスタートラインに立てたのだ。気負わず楽しくやっていきたい。
 そして、最後になりましたが、私の家族、友人、知人の方々に御礼申し上げます。ありがとうございます。頑張ります。

作品概要

 斜岡(はすおか)で働く千秋は出入野(いづいるの)に帰省した際、後輩の萌香と再会する。萌香は千秋にストーカー被害に遭っていることをほのめかして去っていった。
 その数日後、彼女は遺体で発見された。何者かに刺殺されたらしい。それを知った千秋は密かにある誓いを立て、萌香の自宅から私服を盗み出して身につけた。そうして、萌香の格好を真似た姿で出入野を歩き回り、彼女とかかわりのある男達に接触していく。千秋はひとりで萌香を殺した犯人を捜し出すつもりだった。警察に突き出すためではない。千秋は犯人に対してある望みを抱いていた。
 斜岡のブラック企業に勤める杏は、職場の先輩に恋をしていた。しかし、彼が同僚の樹理と付き合っているのではないかと疑い始める。休日に二人が出入野にいるところを偶然、目撃してしまったのだ。先輩を樹理に取られたくない。杏は今まで先手を打たずにぼんやりして、数々の不利益を被ってきた。奪われるばかりの人生はもうたくさんだ。杏の焦りは加速し、樹理に対して暗い気持ちが膨らんでいった。
 そしてある朝、杏はハンマーをバッグに忍ばせて出社し、そこにひとりでいる樹理に近づいていく―。

総評および受賞者講評

 第8回「暮らしの小説大賞」は応募総数577作となりました。前回を上回る質の高い作品が多く寄せられた印象です。最終選考に残った3作の中から、第8回「暮らしの小説大賞」に輝いたのは、『焼けた釘』(くわがきあゆ)でした。誠におめでとうございます。

 くわがきあゆさんは4回目の応募での大賞受賞となりました。
第5回『背面テロリスト』
第6回『炎上』
第7回『隣り合わせの君』
 いずれも静かなタッチで描かれた狂気が記憶に残る作品でした。『隣り合わせの君』ではミステリー要素が明確になって「良い雰囲気だな」と思ったことをおぼえています。
『焼けた釘』は過去の3作をはるかに超えた、大賞にふさわしい作品でした。

 物語は千秋の後輩・萌香が殺されたことから始まります。殺される前、彼女がストーカー被害にあっていたことを知った千秋は、素人ながらに犯人探しに乗り出しますが、千秋の犯人探しの手法は奇妙で、読んでいて違和感をおぼえました。この違和感こそが本作全体を成立させていく鍵であったことを、読み手は最後に思い知らされることになるのです。

 集中力とスピード感によって生み出される熱量の素晴らしさ。緻密にはりめぐらされた伏線とその回収の仕方は見事です。複雑な構造と登場人物たちの機微によって翻弄されることに、いっそ清々しさを覚えます。

『焼けた釘』は2021年10月に単行本として刊行予定です。どうぞお楽しみにお待ちください。

贈呈式の様子

写真

受賞作品

暮らしの小説大賞 第8回受賞作品

焼けた釘

『焼けた釘』

くわがきあゆ

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